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“まさか”だった就農
「まさか自分が農業するとはね~」と、昔を振り返る比呂士さん。北海道・道南地方の八雲町で生まれ、アパレル関係の職などを通して全国を転々とし、6年前に妻・理恵子さんとの結婚を機に就農した。
父が築いた経営基盤
現在、主力として生産するハイビスカスを始めたのは、理恵子さんの父・正満さん。20年前に電車の運転手から花農家に転職し、たった1棟のビニールハウスからスタート。徐々に規模を拡大し、現在は14棟のハウスで20種類以上のハイビスカスのほか、ピンクノービンカズラ、オダマキなども手掛けている。「いざ農家になるという時に不安が一切無かったのも、父が積み上げた基盤のおかげ」と、感謝の念は尽きない。
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ロス減らし利益率を向上
平成25年4月に父から経営を委譲された。「自分の裁量で経営の方針を決められる分、行動に責任は伴うけど、行動の対価はきちんと返ってくる。やりがいはあるよ」と語る言葉にも、経営者らしい重みが宿る。
重要視しているのは「クオリティ・コントロール(品質管理)」。生育管理を徹底し商品ロスを減らすことで、利益率の向上に取り組む。さらに相対取引を重視した経営への転換を模索し、取引業者とは販促方法などをめぐって意見を交わすことも多々あるという。
「現状維持じゃあ、やっていても面白くない。面積・数量を増やし、経営規模の拡大を図りたい」と話す横顔は、向上心に満ちている。
“継ぎたくなる”農業に
2年前に待望の長男が誕生。ハイビスカスが属する「アオイ科」に由来し、葵と名付けた。
「農業を継いでほしいし、息子が自ら『継ぎたい』と思える環境を整えてあげることが自分の役割だと思う。父が僕たちにやってくれたようにね」。そう語る瞳の先には、親子三代で農業に取り組む未来像が既に見えているのかもしれない。
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出荷間近のハイビスカス「西海2号」を入念にチェック |

毎日欠かせない水やり作業。夏場は朝夕2回行う |
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